制御性T細胞研究の歴史について振り返る
制御性T細胞の根幹理論について再考する
最近、過去20年間の自分自身の研究の旅と、免疫学全体の歴史について、その挑戦と成果を振り返っています。今日は、私の研究方向を導き、Tockyの開発への初動力となった重要な要因について書きます。
問題との出会い
2002年に私は学内留学というかたちで京都大学皮膚科から、当時京都大学再生医科学研究所に存在した坂口志文教授の研究室で博士課程を開始します。
研究内容は制御性T細胞におけるGITRの役割についてでした。この研究を深めるため、私は、坂口志文教授グループが出版した制御性T細胞に関する論文の中で一番重要な論文のひとつであるAsano et al, J Exp Med, 1996に着目しました。
Asanoらは、マウスの出生後3日目までにCD25陽性T細胞が現れないとするデータを報告します。CD25陽性T細胞は出生後4日目以降急激に数を増やしていくというデータです。
1990年代当時、CD25というマーカーは活性化T細胞を同定するのに使われていた背景を知ると、この意味がわかってきます。
つまり、CD25陽性T細胞が「胸腺で特別に発生したCD25陽性T細胞が自己免疫病を抑えるはたらきをもつ」という理論を支える証拠として、Asanoらの報告した新生仔期間におけるCD25陽性T細胞の動態についてのデータは最も重要なものでした。これが、「制御性T細胞(Treg)という特別なT細胞が自己免疫病を抑えるはたらきをもって発生する」という、現在も流布している制御性T細胞の概念の確立につながります。
2003年、私は博士課程2年目でしたが、Asanoらのデータの再確認をする実験を行いました。そして、Asanoらの論文のデータとは異なり、出生後1日目の新生仔マウスの脾臓と胸腺に十分たくさんのCD25陽性T細が存在することに気が付きます。2日目、3日目、7日目、1週間目、2週間目、いずれも大差はありません。
この実験結果は、Asanoらの1996年のTreg画期的論文の主要な主張と明確に矛盾します。しかし何度追試しても自分のデータは揺らぎなく同じ結論を示します。
制御性T細胞の研究分野は、何かが決定的におかしいと確信しました。
再現性の確認
この発見は私だけのものではありませんでした - Dujardin et al, PNAS, 2004に出版されている、バンデイラの率いる研究グループからのデータも、私が発見した結果と同じでした。
現状
当時、私はAsanoら1996年の研究成果に大きく依存している制御性T細胞理論が間もなく改訂されると信じていました。
しかし残念ながら、それは起こりませんでした。
多くの教科書や総説論文は、新生児の制御性T細胞の動態について反証が多数あるにもかかわらず、Asanoらの発見を紹介していました。
その状況をうけて、2015年に私がAsanoらの論文の問題についての検証論文を発表することになります。これによりAsanoらの「発見」を紹介する教科書や論文の数はかなり少なくなりましたが、最近でも、たとえば雑誌ネーチャーに掲載されたSvoboda, Nature, 2022の制御性T細胞に関する記事でも、すでに時代遅れとなった、Asanoらの論文が紹介されています。
制御性T細胞研究の見直し〜境界を超えて
この経験により、制御性T細胞分野の広く受け入れられている論文や理論を厳密に検証することを私は目指します。そして、さまざまなアプローチによる研究により、Tregの理論と概念自体に大幅な見直しが必要であると確信しました。
この認識は、制御性T細胞ひいてはT細胞全体を新しい視点で研究するための新規研究方法を開発する必要性があることを理解しました。
2009年、ヒエラルキーの中から出て、自分の研究分野を拡大し、自由に研究するために、日本から英国へ移動することを決断します。
この取り組みは、その後、ゲノミクスにおける多次元方法、正準対応解析(Canonical Correspondence Analysis, CCA)とTockyの開発に結びつくことになります (Ono et al., 2013; Bending et al., 2018)。
「制御性T細胞神話」と展望
Asanoらの論文の問題は、免疫学の広い分野の発展と研究を阻害するという深刻な意味がありました。ですから私は後に、これらの効果を検証し、過去の論文からの証拠を分析し、新たな視点を提案する論文を執筆・出版しました(Ono & Tanaka, 2016)。
さらに、Asano et al, 1996の論文に由来する、「制御性T細胞がユニークで特別な細胞である」という刷り込みのために、多くの論文において研究デザインの方向性や、研究結果の解釈が歪んでしまっており、科学的真実からますます遠ざかっているのが現状と思います。
これは1細胞分析や、Foxp3についての高度な解析など、最先端技術をつかった制御性T細胞研究についても同じことです。間違ったデザインと、間違った解釈は、間違った結果につながるのみです。
結局のところ間違った論文を奉り続けることで、免疫学の発展が止まっているということです。
つまり「ユニークで特別な細胞」というこだわりを捨てて、Foxp3と制御性T細胞を分析する新しい研究の枠組みを確立することが緊急に求められています。
この問題意識が私たちのTocky論文第2弾である、Foxp3転写の時間動態解析につながります (Bending et al., 2018)。はEMBO Journalに掲載されたこの論文の内容については次の記事「制御性T細胞応用を目指した臨床試験の悲劇」で紹介します。
References
2018
- A timer for analyzing temporally dynamic changes in transcription during differentiation in vivoJournal of Cell Biology, Sep 2018The foundational publication introducing Tocky technology by the Ono lab, marking a breakthrough in T cell and B cell studies.
- A temporally dynamic Foxp3 autoregulatory transcriptional circuit controls the effector Treg programmeThe EMBO journal, Sep 2018The second Tocky paper from the Ono lab uncovers the temporally dynamic regulation of Foxp3 transcription, offering new insights into T cell regulation.
2016
- Controversies concerning thymus‐derived regulatory T cells: fundamental issues and a new perspectiveImmunology and cell biology, Sep 2016A landmark opinion piece challenging the reproducibility of a foundational Treg experiment, while introducing a groundbreaking dynamic view on Foxp3-mediated T cell regulation.
2013
- Visualising the cross-level relationships between pathological and physiological processes and gene expression: analyses of haematological diseasesPLoS One, Sep 2013The pioneering study developing Canonical Correspondence Analysis (CCA) as a genomics method, establishing a novel approach for transcriptome analysis.