制御性T細胞:免疫学コミュニティーに蔓延する病について
制御性T細胞の根幹理論について再考する
はじめに
免疫学の分野において、制御性T細胞(Treg)は自己免疫疾患の抑制や免疫寛容の維持において重要な役割を果たすとされています。しかし、このTregの存在とその機能に関する基礎的な理解には長い間議論が続いてきました。本ブログでは、1980年代から始まったTreg研究の歴史と、その中で免疫学コミュニティーに蔓延していく「病」がどのような影響を与えていったのか、そして私自身の研究がどのようにこの問題に対応してきたかについて書きます。
免疫抑制性T細胞の発見
1970-80年代の免疫学研究で、T細胞はサイトカインや表面分子を用いて免疫応答を誘導するだけでなく、抑制する役割も持つことが明らかになりました。そのなかで重要な位置を占めるのが西塚泰章らの生後3日目の胸腺摘出実験(day 3 thymectomy)です。
マウスが生まれた直後には血液や脾臓などにはT細胞がほとんど存在しません。したがって、生まれた直後のマウスから胸腺を摘除すると、マウスは免疫不全になって死亡します。これはジャック・ミラー(Jacques Miller)が胸腺の役割を初めて解明し、T細胞発見につながった重要な研究です。
ところがマウスが生まれて3日目に胸腺を摘除すると、マウスは免疫不全にならず、代わりに自己免疫病を発症します。これを発見したのが西塚泰章(注)です(Nishizuka & Sakakura, 1969)。
西塚は胸腺摘除による自己免疫病の謎を解明すべく研究を続けました。そして、10年にわたる詳細な研究の結果に基づき、西塚は興味深い予言を行いました。それは「抑制性T細胞(Suppressor T cells)」が出生後3日目以前には末梢に出現しないという予測です(Taguchi et al., 1980)。つまり、そのような特別な細胞を見つけることができたならば、それが「抑制性T細胞」である、と西塚は考えたのです。
なお、西塚の研究・予測にもかかわらず、生後3日目の胸腺摘除実験による自己免疫病発症の理由は謎のまま、多くの研究者の関心を引き続けました。西塚はその謎を解明する前に亡くなりました。そしてこの謎は今も未解決のままです。
西塚泰章の胸腺摘除術による自己免疫病研究から坂口志文の制御性T細胞へ
1977年、胸腺摘除による自己免疫病を研究していた愛知がんセンターの西塚のもとに、京都大学大学院を中退した坂口志文が研究の修行に来ました。ここで坂口は西塚の理論と新生仔胸腺摘出術の技術を学びました(Sakaguchi et al., 1982)。
坂口志文は、西塚研究室を離れた後、アメリカに留学し、その後日本に帰国して独立した研究者として胸腺摘除術による自己免疫病などの研究を行っていました。そして1996年、坂口は、CD25⁺CD4⁺T細胞が出生後3日目以前には末梢に出現しないことを「発見」する論文を発表しました(Asano et al., 1996)。
このAsanoらの論文は、西塚泰章の名前を出していないものの、CD25⁺CD4⁺T細胞こそが、西塚が予測した抑制性T細胞の理論通りの「抑制性T細胞」であることを証明した論文となりました。
坂口らは、1995年に細胞の養子免疫療法という実験を用いて、CD25⁺CD4⁺T細胞の「抑制活性」を示していましたが([Sakaguchi et al., 1995])、当時、CD25というタンパク(マーカー)は、活性化したT細胞がどのような細胞でも発現するものとして考えられていたため、活性化T細胞との区別がつかない研究として注目をあまり集めませんでした。
その膠着状態を打破するうえで、西塚の発見した生後3日目胸腺摘除術の謎を解明したというAsanoらの論文は坂口にとって重要な価値をもつようになります。
Asano et alの論文は、生後3日目の胸腺摘除による自己免疫病の謎を解明した論文として世界の免疫学コミュニティーで熱狂的に受け入れられることになります。特にEthan Shevach博士がAsano et alの論文を(一時期)高く評価し、制御性T細胞理論の擁護者として、制御性T細胞研究を広げるうえで大きな影響力を持ちました。このようにしてCD25⁺CD4⁺T細胞が制御性T細胞としてもてはやされることになったのです。
Asano et alの根幹データが追試できないことについて
Asanoらは、マウスの出生後3日目までにCD25陽性T細胞が現れないと報告しています。しかし、出生後4日目以降にはCD25陽性T細胞が急激に増加することも示しています。

私自身の博士研究
2002年から2003年にかけて私が博士課程の学生として行った研究では、出生後1日目から脾臓と胸腺に十分な数のCD25⁺T細胞が存在することを発見しました。これはAsanoらの報告と明確に矛盾しており、何度追試しても結果は一貫していました。
2003年、私は博士課程2年目に、Asanoらのデータを再確認する実験を行いました。結果は、Asanoらの論文とは異なり、出生後1日目の新生仔マウスの脾臓と胸腺には十分な数のCD25陽性T細胞が存在することが分かりました。2日目、3日目、7日目、1週間目、2週間目と、いずれの日齢でも大きな差は見られませんでした。

この結果は、Asanoらの1996年のTregに関する画期的な論文の主要な主張と明確に矛盾しています。しかし、何度追試しても私のデータは一貫して同じ結論を示しました。制御性T細胞の研究分野に何か決定的におかしい点があると確信しました。
また、私だけの発見ではありませんでした。バンデイラ研究グループによるDujardinら、PNAS, 2004のデータも、私が発見した結果と一致していました。

腐敗したコミュニティー
私の発見は報告するまでもなく、同時期にフランスのグループから同じ内容のデータが報告されます(Dujardin et al, PNAS 2004)。この論文でも、新生仔マウスの脾臓には十分なCD25⁺細胞が存在することが報告されました。これにより、科学的エビデンスとしてはAsano論文の主張は否定され、制御性T細胞理論の再検証が強く求められるようになりました。
しかしながら、Dujardinや私の発見した事実は広まることがなく、免疫学全体から無視されるようになります。そして多くの教科書や総説論文では、新生児の制御性T細胞の動態に反する多くの証拠があるにもかかわらず、Asanoらの発見が紹介され続けていました。
「免疫学に蝕む病」と現状打破に必要なこと
Asanoらの1996年論文に基づく制御性T細胞理論が広く受け入れられていた一方で、私の再現実験結果や他の研究グループのデータはその理論に大きな疑問を投げかけました。この矛盾を解消するためには、制御性T細胞理論自体の見直しが必要であると痛感しました。
このために2015年には、Asanoらの論文の問題点について検証する論文を発表(Ono & Tanaka, 2016)。この論文の発表後、Asanoらの「発見」を紹介する教科書や論文の数は減少しました。しかし、最近でも例えばSvoboda, Nature, 2022の制御性T細胞に関する記事などで、時代遅れとなったAsanoらの論文が紹介されています。
このように現状が一部の科学者のコミュニティーによるエビデンスに基づかない独断的言説で左右されているならば、「抑制性T細胞神話」を打破し、そしておそらくはTregという概念そのものを必要とせずにT細胞の原理を新しい枠組みで理解することが、免疫学の真実に近づくために必要であると確信するようになります。
新しい時代の研究をはじめる〜Tockyによる時間動態解析
以上の問題意識と現状認識に基づいて、私はさらに研究を進め、制御性T細胞という見方にこだわることなく、T細胞全体を新しい視点で解析するための新規研究方法を開発する必要性を感じました。
これは免疫学全体を超える大きな科学上の問題になり、詳細を省きますが、問題解決の一つの糸口はT細胞の生体内における時間動態を理解することです。この重要なポイントに気がついたのち、私は2013年から技術革新にとりくむことになります。この結果、Tocky技術という、T細胞の動態を実験的に測定し、データ解析で理解するという全く新しい方法を生み出すことができました(Bending et al., 2018)(Bending et al., 2018)(Ono & Crompton, 2024)。
(つづく)
本ブログ内容に興味を持たれた方は、論文(Ono & Tanaka, 2016)で深く分析・考察しています。参考にしてください。
参考文献
-
J F Miller and D Osoba, Current concepts of the immunological function of the thymus. Physiological Reviews 1967 47:3, 437-520. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4864541/
-
Nishizuka Y, Sakakura T. Thymus and reproduction: sex-linked dysgenesia of the gonad after neonatal thymectomy in mice. Science. 1969 Nov 7;166(3906):753-5. doi: doi:10.1126/science.166.3906.753
-
Taguchi O, Nishizuka Y, Sakakura T, Kojima A. Autoimmune oophoritis in thymectomized mice: detection of circulating antibodies against oocytes. Clin Exp Immunol. 1980 Jun;40(3):540-53. PMID: 6998618
-
Sakaguchi S, Takahashi T, Nishizuka Y; Study on cellular events in postthymectomy autoimmune oophoritis in mice. I. Requirement of Lyt-1 effector cells for oocytes damage after adoptive transfer.. J Exp Med 1 December 1982; 156 (6): 1565–1576. doi: https://doi.org/10.1084/jem.156.6.1565
- Asano, M., et al. (1996). “CD25+CD4+ T cells: a subset of regulatory T cells.” Journal of Experimental Medicine. リンク
- Dujardin, S., et al. (2004). “Reevaluation of regulatory T cells in neonatal mice.” PNAS. リンク
- Svoboda, Nature, 2022
脚注
-
西塚泰章(にしづか やすあき) 免疫学者。胸腺摘除術による抑制性T細胞の研究で知られる。愛知がんセンター元所長。Protein Kinase Cなどの研究で著名な西塚泰美(にしづか やすとみ)の弟。
-
西塚泰章の兄、西塚泰美は京都大学医学部の元助教授、神戸大学の元学長。京都大学時代の西塚泰美は、本庶佑ら著名な生化学者、分子生物学者、を教育した名高い師匠として有名。
References
2024
- A multidimensional toolkit for elucidating temporal trajectories in cell development in vivoDevelopment, Nov 2024
2018
- A temporally dynamic Foxp3 autoregulatory transcriptional circuit controls the effector Treg programmeThe EMBO journal, Nov 2018The second Tocky paper from the Ono lab uncovers the temporally dynamic regulation of Foxp3 transcription, offering new insights into T cell regulation.
- A timer for analyzing temporally dynamic changes in transcription during differentiation in vivoJournal of Cell Biology, Nov 2018The foundational publication introducing Tocky technology by the Ono lab, marking a breakthrough in T cell and B cell studies.
2016
- Controversies concerning thymus‐derived regulatory T cells: fundamental issues and a new perspectiveImmunology and cell biology, Nov 2016A landmark opinion piece challenging the reproducibility of a foundational Treg experiment, while introducing a groundbreaking dynamic view on Foxp3-mediated T cell regulation.