制御性T細胞という教義の呪いからデータによる免疫学へ(1)
何が免疫学の進歩をとどめているのか。何が未来のために必要なのか。
はじめに
最近、制御性T細胞は映画「はたらく細胞」にも登場して、広く知られるようになったようです。多くの人が思っている制御性T細胞のイメージは、警察官のように体内を巡視して悪いT細胞のはたらきを抑えている特別なT細胞、というものです。
実はこのイメージはいくつかの間違いが含まれており、その源泉は、1996年に坂口志文教授のグループが発表した論文で、制御性T細胞の概念を打ち立てるうえで一番手に重要であった論文(Asano et al., 1996)にあります。
この論文こそが、制御性T細胞の研究にブレイクをもたらしたこと、しかしながらこの論文根幹データが追試できないことについて以前記事で紹介しました(制御性T細胞:免疫学コミュニティーに蔓延する病について)。
本記事では、Asanoらの論文にある問題が今なお重要であることについての理由を考えることで、免疫学の研究結果で信用に足るものと、あいまいで信用できないものを区別してみます。そして、データに基づく研究こそがこれからの未来を開くことについて書きます。
制御性T細胞という教義こそが免疫の研究を縛っている呪いなのです。
制御性T細胞の呪い:Asanoらの論文が今日なお重要である理由について
ある分野を成り立たせている基本的な証拠が再現できないのであれば、問題の根本に立ち返るべきではないでしょうか?
Asano et alの論文が制御性T細胞の土台であるならば、そしてこの論文の中心データが追試できないなら、制御性T細胞という存在そのものが確かではない、ということを考えなければなりません。
でも、多くの人々はすぐに私の考えに反論するかもしれません。たとえば、このように言うでしょう。
「制御性T細胞があることなんて当然じゃないですか。何万もの論文が発表されているのですよ。Asanoらの論文に多少の間違いがあっても大きな問題ではありません。」
しかし、Asanoらの論文にある問題は、いまもなお免疫学で重要な問題です。というのは、このAsano論文に基づいた誤ったイメージによって、T細胞のはたらきを調節しているすべての遺伝子と細胞の理解が歪められているからです。
この誤ったイメージとは、免疫学の教科書的には「体内には発生学的に特別なT細胞の集団が存在して、この特別なT細胞が自己を認識して免疫寛容を維持している」 あるいは警察官のように体内を巡視して悪いT細胞のはたらきを抑えている特別なT細胞、というイメージです。これこそがAsano et alに基づく間違いなのです。
それでも、こう言う人も多いでしょう。
「制御性T細胞が独自の系統であることが確立されたのはAsanoの論文だけではなく、Foxp3に関連する発見が大事なのです。だからAsano らの論文に多少の間違いがあったとしても問題ありません。」
いいえ、違います。
Asanoらの論文が存在せず、免疫学を誤誘導していなかった場合、Foxp3の理解は全く異なり、間違いなくより生産的だったでしょう。
だからこそ、私は基本的なことを問います。
「制御性T細胞の概念がもし導入されなかったならば、今日の免疫学はどのような姿をしていたでしょうか?」
測定できないものは信用されるべきではないことについて
まず、制御性T細胞の研究の分野で、測定できて明確でゆらぎないものと、測定できなくて不確かなものを区別してみましょう。
明確に測定可能でゆらぎがないもの
- Foxp3の発現:: これは定量可能で、一貫して測定できます。
- 主要マーカー(例えば、CD25)の発現: これらのマーカーは様々なアッセイを通じて定量化可能です。
- T細胞活性(例えば、増殖、サイトカイン産生): これらの活動は確立された方法を使用して直接測定可能です。
曖昧に定義され、測定不可能なもの
- 免疫学的寛容を制御するために存在する制御性T細胞(Treg): 制御性T細胞が免疫を積極的に制御しているかどうかをどのように測定するのでしょうか?これは実は定量不可能です。
- 制御性T細胞によるT細胞活性の抑制: T細胞の機能が制御性T細胞によって抑制されているかどうかをどのように判断するのでしょうか?この相互作用は直接測定できません。
- 胸腺由来のTreg(tTreg)と末梢のTreg(pTreg): 2013年に制御性T細胞の中心研究者らが集まって提唱した分類法ですが、制御性T細胞が胸腺由来か末梢由来かを区別する信頼できる方法はありませんので、非現実的で測定不可能です。
現在の問題点
本来、科学の研究は、現実の世界で測定したデータに基づいた証拠で積み上げられるものであるのに、制御性T細胞免疫学は、直接測定できないもので組み立てられ、推測で埋められたストーリーの世界になっています。
さらには、これらのストーリーが「最新のデータ解析」を模倣した図表で飾り立てられ、まるで最先端の研究のように見せかけられています。このため、現在の状況は「ストーリー指向型免疫学」と呼べる状態にあります。
ストーリーに合わせた都合のよい複雑なデータ解析は捏造の温床で、現状が危機的であることを意味します。
解決策
これからの研究は、実験で測定したデータを中心に据える必要があります。このためには、制御性T細胞に代表されるような曖昧な概念を捨てることが第一歩です。そして、測定方法、統計・データ解析方法の開発と改善に基づく研究の進歩が必須です。
これは「データによる免疫学」と定義されるアプローチであり、研究結果は、データそのものが保証するものであり、適切な解析に基づく証拠だけで解釈がなされます。
(第2部につづく)
このブログ投稿が興味深いと思われた方は、私たちの論文(Ono & Tanaka, 2016)をご覧ください。ここではこれらの制御性T細胞の問題についてさらに詳しく分析し、議論しています。
文献
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J F Miller and D Osoba, “Current concepts of the immunological function of the thymus.” Physiological Reviews 1967 47:3, 437-520. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4864541/
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Nishizuka Y, Sakakura T. “Thymus and reproduction: sex-linked dysgenesia of the gonad after neonatal thymectomy in mice.” Science. 1969 Nov 7;166(3906):753-5. doi:10.1126/science.166.3906.753
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Taguchi O, Nishizuka Y, Sakakura T, Kojima A. “Autoimmune oophoritis in thymectomized mice: detection of circulating antibodies against oocytes.” Clin Exp Immunol. 1980 Jun;40(3):540-53. PMID: 6998618
References
2016
- Controversies concerning thymus‐derived regulatory T cells: fundamental issues and a new perspectiveImmunology and cell biology, Nov 2016A landmark opinion piece challenging the reproducibility of a foundational Treg experiment, while introducing a groundbreaking dynamic view on Foxp3-mediated T cell regulation.